日記録 2021/10/9〜10/11

文:金田 信一郎

Amazonベストセラー『がん治療選択』の続編を綴る。

 

10月9日(土)

 

5時30分に目が覚めてしまう。まだ、病院の起床時間になっていない。

静かにベッドから起き上がると、ミニギターを持ってエレベーターホールのロビーに行く。薄暗い中、ソファには誰もいない。

座って、ギターをつま弾く。手術直後は、さすがにギターを手にする気力がわかなかったが、その後、4人部屋の患者たちがシャワーや散歩に出掛けている昼間、こっそりギターを弾いていた。いや、気づかれているかもしれない。それでも、まあ、耳障りなほどの音は鳴っていない(と信じたい)。

早朝のロビーは人気ひとけもなく、ギターを弾くにはちょうどいい。調子に乗って弾いていると、自販機に飲み物を買いに来た高齢者が近づいてきた。

「ギターですか」

「あ、すいません。うるさかったですか?」

「いやいや、そんなことないよ。ちょっと、弾かせてくれる?」

ギターを渡すと、ソファに座って、いくつかコードを鳴らした。

「ピック、使います?」

「いや、いらない。昔、ウクレレをやってましてね」

「そうなんですか」

「会社に勤めていた時も、実はキャバレーやクラブで弾いていたんですよ」

なるほど、弾く姿がさまになっている。

「いま、孫がホルンをやっていて、ドイツに演奏に行ってるんですよ」

「私も中学の時、フレンチホルンやってました。ドイツに行くほど上手くないですけど」

「あ、そう。楽器は1つできると、あとは共通してるからね。音楽はリズムですよ」

彼は肺を患っているという。手術ができず、抗がん剤での治療を続けている。元気ならば、ドイツに行っていたのかもしれない。

「ありがとう。楽しかったよ」

そう言って、薄暗い廊下に消えていった。

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