青森県八戸市南郷──。かつての南郷村には、今なおイタコがいる。最後の盲目イタコ、中村タケだ。
イタコとは、青森県南部地方に実在する女性の霊媒師。ホトケ(死者)の魂を降ろして自身に憑依させ、ホトケの言葉を自らの口を通して伝える「口寄せ」で広く知られている。
古来、イタコは目の不自由な女性のための仕事で、はしかなどで光を失った少女が社会を生き抜くため、師匠イタコの下でイタコの巫技を身につけた。タケも、そうだった。
(写真:Aya Watada、以下同)
1932年(昭和7年)に生まれたタケは、3歳の時にはしかにかかり、両目の視力を失った。実は、完全な盲目ではなく、光の有無や近くのものの色は感じることができたが、28歳の時の事故が元で完全に失明した。
「3歳の時にはしかにかかったんです。その時に、私が泣かずに寝ていたもんだから、両親がそのまま寝かせていたんです。忙しいから。そうしたら、熱で目の玉がデメキンのようになってね。病院に行ったら手遅れです、と。それで、目が見えなくなりました」
タケがイタコ修行の道に入ったのは、終戦前の1944年(昭和19年)、13歳のこと。目の不自由な娘が地域の中で生きていけるよう、両親がイタコになることを勧めたという。
そして、イタコとして地域の相談に乗るかたわら、師匠イタコとして弟子を取っていた谷川はるしの下で修行を始めた。毎日、一里を超える道のりを歩いて通った。
タケは2年ほどで修行を終えたが、戦後の混乱もあり、師匠上がりの儀式である「ダイジユルシ」は1947年11月まで待たなければならなかった。この時に、歴史的伝統的イタコの証であるオダイジとイラタカ数珠(イタコ数珠)を師匠から与えられた。
オダイジとはイタコが儀式に臨む時に背中に背負う竹筒、イラタカ数珠はムクロジの実をつなぎ合わせた長い数珠である。オダイジの中には、イタコが悪霊や生き霊に取り憑かれることのないよう、守るための経文が入っている。
イラタカ数珠には、猪の牙や鹿の角、寛永通宝などの古銭がついている。野獣の牙や角で装飾されているのはお祓いや悪魔祓い、おまじないなどのため。古銭は三途の川の渡し船賃である。
昭和30年代から40年代にかけて、南部地方だけで数十人のイタコが存在した。だが、経済発展とともに、イタコと、その底流にあるアニミズムやシャーマニズムの世界観は次第に衰退していった。
その後の高齢化によって師匠イタコも死に絶えたため、今では「歴史的伝統的イタコ」は数人に過ぎない。中でも、盲目のイタコはタケ一人である。
90歳になろうとしているタケだが、今なお地域のカウンセラーとして様々な相談に乗っている。だが、その年齢を考えれば、いずれは引退の日が来る。その時、わずかに燃え続けてきたイタコの火が一つ消える。
※青森県いたこ巫技伝承保存協会の定義にのっとり、師匠系譜が辿れ、かつオダイジとイラタカの数珠を持っているイタコを「歴史的伝統的イタコ」としている。
【告知】
蛙企画は、イタコという地域の生活に根ざした習俗を記録し、広く伝えるため、中村タケさんを軸にしたイタコ写真集「Talking To The Dead」を出版します。
写真集では、タケさんによる実際の口寄せの記録やインタビューに加えて、イタコの歴史やイタコを成立させている日本人の霊魂観、科学とスピリチュアリティの関係、イタコの役割の一つである「オシラサマアソバセ」、恐山や川倉賽の河原地蔵尊などイタコが集まる「イタコマチ」についても論じます。
イタコという存在をフックに、日本人が無意識に持っている宗教観や信仰を浮き彫りにしたいと考えています。出版費用を集めるためのクラウドファンディングを3月26日から実施していますので、ご協力いただければ幸いです。
「失われていくイタコ文化を後世に遺したい!写真集製作プロジェクト」(https://readyfor.jp/projects/90007)
また、日本独自のアートカルチャーを発信するギャラリースペース、True Romance Art Projects(東京・渋谷)において、国際的なフォトグラファー、和多田アヤ氏によるイタコ写真展「Talking to The Dead」を開催します。
4月3日には、「Talking To The Dead」にも寄稿いただいた宗教ジャーナリストの鵜飼秀徳氏と、今回のプロジェクトを担当している蛙企画の篠原匡のトークセッション(15〜16時予定、先着順)も予定しておりますので、ふるってご参加下さい。
◎写真展「Talking to The Dead」
会期:4月1日(金) ー 4月17日(日)
開廊時間:11-19時
会場:東京都渋谷区神南1丁目20 - 7 川原ビル 4F
連絡先:@true_romance_art_projects