患者が治療を選べるのか?

文:金田 信一郎

近々、『がん治療選択』という拙著が出版される。まさか、こんな本を出すことになるとは思わなかった。

しかも、20万字を軽く超え、これまでの著書の中で最長となった。遅筆で編集者を困らせてきた私が、わずか2カ月で書き上げた。「伝えなければ」という気持ちに後押しされて、筆の勢いが止まらなかった。

「まあ、私には関係ない本だな」

恐らく、そう思う方もいるかと思う。その気持ちはよく分かる。かく言う私も、「関係ない」と思っていたから。

だが、間違いなく、あなたも「関係ある」人生になる。「日本人の2人に1人がガンにかかる」ということは、なんとなく聞いたことがあるだろう。これは、統計上の数字だから動かしようのない事実である。

それでも、多くの人は「ガンは関係ない」と思っている。何度も言うが、私もそうだった。

もし、あなたが運良く「ガンにかからない半数」に入ったとしても、あなたの連れはかかるかもしれない。統計上、どちらかガンになる計算になっている。ついでに言えば、ご両親のどちらかはガンにかかる。子どもが2人いれば、そのどちらかも……。

少し周りを見渡せば、すでにガンになった家族、知人はいるだろう。あなたにもその可能性は近づいている。

別に、脅しをかけるつもりはない。

ただ、私自身がガンにかかることの想像力が欠けていたため、とんでもない事態を迎えてしまった。

だから、みなさんには、ぜひ「備え」をしておいてほしい。ちょっとばかりの「頭の体操」程度でいい。それだけで、劇的に効果がある。それは、ガン治療だけでなく、ほかの医療にも応用できる。いや、人生のクオリティを変えるかもしれない。

ここまで読んで、「本まで買わせるための営業トークか!」と思われる方もいらっしゃるだろう。なので、20万字を読まなくても、その要点をこれから解説していくことにする。闘病記は昨年3月から9月までの、7カ月の記録である。その後、自宅で療養しながら、さまざまな医療関係者とやりとりをする機会が増えて、より深くガン治療について考え、問題を整理することができた。そこで、すでに脱稿した拙著の「続編」をこれから書いていこうと思う。

 

告知までにすべきこと

 

ガン治療で最大のハードルは、自分が「医療選択」することの難しさだ。

その原因の第一に、時間がないことがあげられる。

ガン治療に至るまで、概ね、以下のような経過をたどる。まず、自覚症状が出るか、健康診断などで「再検査」となり、レントゲンや内視鏡検査を受ける。ここでガンが疑われると、紹介状を持って大病院に行くことになる。

大病院での1回目の診察では、これまでの検査結果をざっと見て、「では精密検査をしましょう」ということになる。それから数日〜数週間後に結果が報告される。

その大病院での2回目の診察が、精密検査の報告、つまり「告知」となる。

もちろん、「悪性ではありませんでした」という結果もある。だが、ここで「残念ながら、悪性でした」となると、その場で治療方針が示される。

この段階で、自分の病状を的確に理解し、示された治療方針が「受けたい治療かどうか」を判断できる自信があるだろうか?

恐らく、告知を受けるまでの日々も、「ガンかもしれない」という不安から、知人に話を聞いたり、ネットで調べることはあるだろう。だが、仕事などの日常生活は続いている。まだガンだと決まったわけではないのに、本気で治療方法を調べ、先回りして専門家の意見を聞いて回る人は滅多にいない。

そうした状態で、2回目の診察で「告知」を受けることになる。

ドラマのように取り乱したり、泣き崩れるようなことはないとしても、頭の中は混乱に陥る。同席する配偶者や家族は冷静かもしれないが、いかんせん当事者意識は薄い。そして、思慮深い親族ほど、横から余計な口は出さない。そもそも、治療を受けるのは本人なのだから。

さて、ここで担当医が示す治療を、冷静に分析して、「納得して同意する」か、「違う治療法を打診する」か、どちらかの行動が求められる。

そして、ガン治療は臓器を切除することが多い。日本のガン治療は「取り除く」ことに重きが置かれている。つまり、不可逆な治療である。それが、自分の病状に対する「最適解」か、人生観やライフスタイルに合っているか、瞬時に判断しなければならない。

その自信がある方は、これ以上、当コラムを読む必要はないだろう。

問題は、ガンは複雑な病気であり、進行ステージの判断も単純に「軽い」↔「重い」、「取り切れる」↔「取り切れない」を示しているわけではないことだ。

そして、多くのガンには、医師が示す以外の選択肢が存在する。もちろん、保険適用されている「エビデンス」がある治療法だ。また、一部だが、「治験」として臨床試験をしている先端医療も存在する(このコラムでは「自然治療」の効果については議論しない。あまりにも数が多く、筆者には取り扱い不能である)。

だが、医師が1つの治療法しか提示しないケースが多い。それは、ガン患者の多くが、最初から外科にかかるという実情もある。腫瘍が見つかれば、多くのケースでは大病院の外科に宛てた紹介状が書かれる。

そして、医師は診療ガイドラインに従って、よりエビデンス(臨床結果)で治療効果が高い(と示された)治療法を示して、同意が取れれば進めていく。

 

個人的失敗談

 

で、私の話に戻る。

昨年3月、東大病院で「食道ガンステージ2〜3」という告知を受けた。そして、抗がん剤3クール(1クール3週間)の後に、手術で食道を全摘すると説明された。

以上、である。

私は呆気にとられている間に、診察は終わった。あまりにも病状説明が少なく、画像もろくに見せてもらえなかった。もちろん、この時、手術を受けない方法があることも知らされなかった。

今から考えれば、自分がここですぐに、相手の医師に「ほかの治療法はないのか」「自分はこういう術後を送りたい」などと言わなければならなかった。だが、この時、私は明らかに準備不足だった。

私はそこから、入院して抗がん剤を受けながら、ガンについての資料や情報を読み込み、専門家と電話やメール、チャットで話し、国立がん研究センター東病院に転院することになる。

その後も情報を調べ続けたことで、放射線治療の方法や可能性も知った。そして、自分に適用できるか、専門家に意見を求めていった。

結果、手術の直前で放射線治療に切り替えた。どちらかというと、がんセンターは治療の切り替えに消極的だったと思う。だが、自分で外部の専門家に意見を聞き、最後はリスクを覚悟した上で決断した。自分らしく生きるために。

 

「医師と患者」の4パターン

 

今にして思うことがある。

なぜ、東大病院は、最初に「リスクはあるが、放射線治療もある」と教えてくれなかったのか。5年後生存率にして、5%程度の違いである。もちろん、1%でも生存率が高い施術を望む患者が多いことは確かだ。だが、臓器を失うなら、5%のリスクはとってもいい、と考える患者もいるはずだ。特に高齢者や若い女性の中には、体にメスを入れて、しかも術後に食事の取り方が激変することを避けようとする人もいるのではないか。

浜松オンコロジーセンターの渡辺亨院長が興味深い話をしてくれた。彼は地元のガン患者の相談を数多く受けている。そして、患者の間に医師への不信が渦巻いている現状に危惧の念を抱いている。

「医師のコミュニケーション能力が低下している。患者がどんな医療を求めているのか、一緒に話し合って決めることができない」

渡辺院長は、医師と患者の関係を4分類している。

その分類は、患者の「価値観」と「自主性」によって決まる(一部、筆者により解釈や表現を変更しています)。

 

1) 父権型(paternalistic)

患者に価値観があまりなく、謙虚なケース。自主性もなく、従属するタイプだから、医師は自分が信じる最善の治療を実行すればいい。医師は「保護者(父親)」の役割となる。

2) 解釈型(Interpretive )

患者の価値観は未熟で、自主性は自己学習しながら少し出てくるようなタイプ。この場合、医師は患者が意思決定するのに必要な情報を提供しつつ、最適な治療を提案して実行していく。医師の役割は「教師」や「カウンセラー」となる。

3) 審議型(Deliberative )

患者の価値観は柔軟で可変、自主性はそれなりにあるので納得すれば決定できる。医師は、複数の選択肢の中から適切な類型を説明して実行していく。医師の役割は「友人」のような存在。

4) 情報型(Informative)

患者の価値観が明確で、自主性が高く、選択できるタイプ。この場合、医師は関連する医療情報をすべて提示し、患者の選択した治療を実行していく。医師の役割は「知識・技術提供者」。

 

この4分類で、かつては患者が医師を一方的に頼っていた状態だったため、「父権型」が多かった。だが、医療情報がネットでもアクセスできる時代になり、若い世代を中心に様々なタイプの患者が増えてきている。

「患者が多様化しているのに、医師は父権型が多い。だから、患者に不満がたまってしまう」

渡辺院長はそう分析する。

その通りなのだ。

これは、患者が医師を見る場合にも、参考にしなければならない。医師がどのタイプなのか、相手を見て対応すべきなのだ。そして、自分が「情報型」の性格で、治療を選択したいのに、主治医が「父権型」だった場合は、うまくコミュニケーションをとりながら、情報を引き出す努力をすべきだ。

「そんなことが、実際にできるのか」

そうひるむ気持ちは分かる。私も東大病院では、意見も質問もろくにできずに終わった。

だから、この4分類を、まず頭に入れておくべきだ。相手の医師がどのタイプが見分けるだけで、やりとりが違ってくる。

コミュニケーションは、どちらか一方だけが努力して対応すべきことではない。互いに歩み寄ることが第一歩である。

それでも、ダメだった場合はどうするか?

それについても考えていきたい。

だが、まずは今の医師と、とことん話し合うことしかない。そこを回避していては、どこまでいっても、いい目は出ないと思っている。

 

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