現代の片隅

ある廃虚が語る飛田遊廓の追憶(4)

現代の片隅(11) (文:篠原匡 編集者・ジャーナリスト、写真:元𠮷烈)

「にいちゃん、いい子おるよ」という遣り手婆の呼び込みと、赤絨毯の上がりかまちに座った女性の嬌声が響く飛田新地の片隅に、往事の雰囲気を伝える元遊郭が奇跡的に遺されている。内部は老朽化が進んでおり、ところどころ床が腐っている。だが、一歩中に足を踏み入れれば、飛田遊廓と呼ばれた時代の記憶が色鮮やかによみがえる。(文:篠原匡)

「満すみ」には、大正から昭和にかけての妓楼建築の建築上の特徴だけでなく、遊廓時代のものと思われる残置物も少なからずあった。

無造作に置かれた段ボール箱の中には、当時の女優のピンナップや借金5000円の契約書、遊廓の従業員と思われる履歴書や高級時計を購入した際の日掛け金融の契約書、宝くじの外れくじなど、当時の経営者の生活の痕跡も遺されていた。『映画と演劇』『芸能画報』『ジャズ用語辞典』などの雑誌からは当時の経営者の趣味がうかがえる。

また、ペニシリンという走り書きとともに、日々の体温推移を記したメモが出てきたが、これは結核にかかった娼妓のものだろうか。大阪新聞の4コママンガ(ヤネウラ3ちゃん)の切り抜きなどを見るに、こういったささやかな娯楽を日々の楽しみとしていたのかもしれない。

熱燗をつくる際に用いたと思われる、「温酒」と刻印された器具も遺されていた。見た目は金属製の寸胴のようなもので、上に漏斗のようなものが2つついている。下で火を炊き、日本酒を温めたようだ。

今回の写真集では、『Voice of Souls』を主催する金田信一郎氏が「遺すということ」と題したエッセイを寄せている。ここで書かれているように、近現代史に登場するような歴史的遺構とは異なり、日々の日常の中にあった施設は受け継がれることなく歴史の藻屑として消えていく。

もっとも、今を描き出すだけでなく、消えゆくものを可視化し、意味を与えることもジャーナリズムの役割。「満すみ」自体はいずれ解体されるだろうが、この場所と建物の記憶は写真集という形で引き継いでいく。

●クラウドファンディングのお知らせ

本記事で紹介した「満すみ」の写真集を出版することになりました。出版にかかるコストをまかなうため、クラウドファンディングを実施しますので、主旨にご賛同いただける方はぜひご参加下さい。クラウドファンディングの募集画面は以下になります。

朽ちつつある遊廓跡を後世に残したい! 写真集制作プロジェクト