現代の片隅

ある廃虚が語る飛田遊廓の追憶(2)

現代の片隅(9) (文:篠原匡 編集者・ジャーナリスト、写真:元𠮷烈)

「にいちゃん、いい子おるよ」という遣り手婆の呼び込みと、赤絨毯の上がりかまちに座った女性の嬌声が響く飛田新地の片隅に、往事の雰囲気を伝える元遊郭が奇跡的に遺されている。内部は老朽化が進んでおり、ところどころ床が腐っている。だが、一歩中に足を踏み入れれば、飛田遊廓と呼ばれた時代の記憶が色鮮やかによみがえる。(文:篠原匡)

戦前、戦後の飛田遊廓では、お目当ての娼妓を指名し、相手の準備が整った段階で2回の座敷(小部屋)に上がり、ことを済ませた。その意味で言えば、満すみの2階にある13室の座敷はセックスするためだけの場所である。だが、そのような場所にもかかわらず、妓楼の各座敷には様々なこだわりと遊び心がある。

表玄関の階段を上がり、左に曲がると、廊下の突き当たりに丸くかたどられた窓がある。窓の中には格子状の意匠。なにげないデザインだが、月夜に浮かぶ雲を想起させる。撮影時、明け方から日が暮れるまで満すみにいたが、時刻とともに表情を変える様は何とも言えず美しいものだった。

一方、南北に走るもう一つの廊下に目を転じれば、座敷を通して差し込む西日の陰影と、その奥にある建具から透ける丸と四角の淡い輝きが絶妙なコントラストをなしている。経営者や従業員が使ったもう一つの階段の周辺のデザインも満月を想起させる大胆なもの。当時の大工の美的センスが垣間見える。

それぞれの座敷を見てもそうだ。

飛田遊廓の建物は、しばしば数寄屋風と表現される。数寄屋風とは、一言で言えば座敷や床の間、襖、障子など現在の和風建築の元になった伝統的な書院造を崩して遊びの要素を加えたものだ。

実際に、それぞれの座敷では、葦や竹、杉皮などの自然素材を天井に用いたり、農村や漁村の家のように壁を土壁で仕上げたり、曲がり木を床の間の柱に用いたり、床の間の壁を瓢箪型にくり抜いたり──と、随所に崩しの要素が確認できる。多くの部屋で船の底のような「船底天井」を採用しているのも、数寄屋風の建物の特徴である。

もちろん、飛田新地に現存する最大の妓楼建築として有形歴史文化財に登録されている「鯛よし百番」ほどの凄みは、満すみにはない。

鯛よし百番は、安土桃山時代の桃山文化を軸に、平安時代や室町時代、江戸時代など異なる時代の文化様式を各部屋で再現している。2階の座敷も、意匠として部屋の中に橋の欄干を置いたり、東海道五十三次の宿場町をモチーフにした部屋があったりと、どの部屋も、旅情あふれる物語性の高いデザインであしらわれており、有形歴史文化財に登録されるのも納得だ。

とはいえ、満すみにも数寄屋風のエッセンスが随所に刻み込まれており、当時の遊び心が見て取れる。このように、細部にはかつての遊廓としての矜持が表れている。

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