菅版「金融インバウンド」法案の東京いじめ

特別寄稿 (文:阿部重夫/ストイカ)

菅政権スタートの裏で、霞が関に壮大なパラダイムシフトが起きている。安倍晋三首相のもとで辣腕を振るってきた総理秘書官、今井尚也ら経済産業省系の「官邸官僚」たちは、安倍退陣で急速に影が薄れている。昨年の年号決定時の「令和おじさん」以来、ポスト安倍への野心をむきだしにした菅義偉官房長官への〝包囲網〟が破れ、アベノマスクなどでの判断ミスが相次いで、とうとう「一強」首相の辞意表明で陥落しただけに、アベノミクスの「やってる感」演出の旗振り役今井に、新政権での出番はあるまい。

首相官邸内で肩で風を切っていた経産省系に対し、菅長官の懐刀として霞が関に睨みを利かせてきたのが、国土交通省住宅局長で肩たたきに遭い、菅に拾われた和泉洋人・首相補佐官である。解体工事で揉めて工期が大幅に遅れた新国立競技場問題で、文部科学省の不始末につけこみ、とうとう前川喜平事務次官を辞任に追いこんだのが和泉だったことは周知の事実。人事権を握る内閣人事局を使って、気に入らない官僚を飛ばしてきた菅の意を体し、あらゆる事案に首を突っ込んで、菅の怖さを霞が関中に知らしめた。

国交省出身だけに本来は泥臭いハコモノ志向であり、エネルギー(原子力)畑で元経団連会長の今井敬の甥であるエリート今井の華やかな経歴とは比べ物にならない。週刊文春のグラビアで厚生労働省の大坪寛子大臣官房審議官との「かき氷あーん」や海外出張「コネクト」疑惑を暴かれて失脚かと思われたが、いまや今井の後釜の総理秘書官の最有力候補と目される始末。菅の後ろ盾で畑違いの省庁にも口をだす和泉の〝越権〟を牽制してきた今井らの押さえがなくなれば、霞が関の政策は「和泉一強」になりかねない。

現に文春砲が菅系の河井克行・案理夫妻、菅原一秀のスキャンダルを報じ、法務省の黒川弘務・東京地検検事長の賭け麻雀まで曝露できたのは、首相周辺のリークがあったからとの観測もある。それを裏付けるように、安倍の病状が悪化した8月以降、文春砲は沈黙し、辞意の第一報は安倍の側近記者、NHKの岩田明子解説委員に抜かれている。おそらく文春は手のひらを返して菅に接近、リークのポールポジションを占めようとするだろう。

その兆候が五年前に文藝春秋企画出版で出して絶版になっていた菅の自著『政治家の覚悟官僚を動かせ』の再刊であり、10月号(9月10日発売)の「文藝春秋」緊急特集で菅の「我が政権構想」(石破、岸田も載せているが)を優遇したことだろう。菅には民放も逆らえない。官公需依存に傾斜する吉本興業の大崎洋社長とも近く、芸人を送りこむバラエティ番組を支配できる。菅人気の急上昇は、民放の協賛番組の力が大きかったことは明らかだ。

官邸内の力関係が覆る分水嶺はどこにあったか。やはり、4月のコロナ緊急事態宣言後、急転直下決まった国民全員への10万円給付で、閣議決定を覆して安倍首相が〝陳謝〟し、岸田文雄政調会長の面子が丸つぶれになったあたりだろう。二階俊博・自民党幹事長と公明党の斉藤鉄夫幹事長が主導したとされるが、裏で菅が寝首を搔いたのだ。内閣改造があれば自民幹事長は交代必至とみられていた二階が、独特の政治勘で給付金のチャンスをつかみ、座敷牢の菅をかついで幹事長の座を守り、菅も岸田禅譲の芽を摘むことができる一石二鳥と踏んだのだろう。あとは安倍・麻生のお坊ちゃん連合をどう切り崩すかだが、安倍の潰瘍性大腸炎が再発して、二階・菅の「たたき上げ」連合にあっけなく政権を奪われた。

どの時点で菅は政権を意識したか。少なくとも7月に、安倍政権はもう長くないと考えていたはずである。知恵袋の和泉補佐官が、霞が関官僚を集めて「知恵を出せ」と迫ったのがその象徴だろう。中国の国家安全法で香港の民主政が形骸化し、金融センターの地位を失って、集積していたファンドや金融機関が一斉に海外に逃げ出すのに備えて、日本を受け皿にするというお題目だが、本来なら経済政策であり、今井が軸になって経産省官僚が走り回るはずが、今井サイドは沈黙していた。門外漢の和泉があたかもすでに今井の座を奪ったかのように振る舞っていたのだ。

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