現代の片隅

孤独死をつむぎ直す

現代の片隅(1)岩橋ひろし (文:篠原匡 ジャーナリスト)

 孤独に亡くなった者の家に入り、遺品を整理する——。それを生業に生きる男は、引き裂かれた家族との縁を結び直すため、遺品の山から「手がかり」を見つけ出そうと格闘していた。どれだけ時間がかかろうも。その原点には、妻を自殺に追い込んだ自身の姿があった。(文:篠原匡 ジャーナリスト)

福岡県太宰府市──。閑静な住宅地の一角に、周囲の光景とは不釣り合いな戸建てが建っていた。一見すれば普通の木造2階建てにも見えるが、よく見ると、張り出した玄関庇は大きく、支える柱もパルテノン神殿をもしたようなエンタシス(胴張り)になっている。ベランダは円形で、大開口のデザイン窓や出窓が家を覆う。

随所に所有者のこだわりが見えるのは、家の内部も同様だ。玄関を入ると、まず目に飛び込むのはらせん階段。その左にある居間には吹き抜けがあり、右には半地下など天井の低いフロアが3室並んでいる。

らせん階段を上がって最上階に着く。その空間は、壁一面が鏡で覆われ、真ん中にグランドピアノが置かれていた。モダニズムの先駆けとして知られるスチールパイプを曲げたワシリーチェアもある。音楽が好きだったのだろうか。大型ステレオコンポだけでなく、吹き抜けの壁にはラジカセまで吊してあった。男性の一人暮らしとしては、かなり洒落しゃれた造りの家である。

この家の住人はもういない。

2019年12月末、大晦日が近づく中、ベッド脇の座椅子に座ったまま、倒れているところを発見された。享年76歳。

死後2日ほど経過していたと見られるが、冬だったため遺体はまだ腐敗していなかった。警察は孤独死として処理。そして2月4日、遺族の依頼を受けた岩橋ひろしは、遺品整理と清掃のため、この現場に入った。

友心まごころサービスを経営する岩橋は、2012年の創業以来、福岡県をはじめとした九州一円で遺品整理や特殊清掃を手掛けている。東京や大阪など遠方に住む遺族に替わって、遺品を整理することもある。時には、腐乱死体が撤去された後の、悪臭が漂う孤独死の現場を片付ける。これまでの8年間で2000件の現場に関わった。

「気温の低い今の時期は、死体が腐敗しないので、特殊清掃の依頼はあまりない。やはり、ピークは夏。あっという間に腐敗するから、僕たちのところに話が来る。体感ではあるが、間違いなく孤独死は増えている」

様々な現場を経験している岩橋にとって、太宰府市の現場はそれほどひどいケースではない。だが、それは体液が染み出してベッドに人型が残っていないだけの話だ。亡くなった場面を想像してみれば、どんな現場も凄惨である。

岩橋は現場に入る前に、一つのルーティンをこなす。福岡県にある寺院でご供養してもらった御神酒と塩を玄関に奉納し、故人に祈りを捧げた後、御神酒を供え、塩を振る。そんな儀式を終えてから、そっと玄関を空ける。一歩、足を踏み入れると、まず気づいたのは糞尿の汚臭だった。

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