再発の行方(33)

手術か、放射線か? (文:金田 信一郎)

今日のがんセンターは久しぶりに長くなる。

通常の抗がん剤治療もある。だが、その前に、先週撮影したCTの結果が示され、3人の医師(内科、外科、放射線科)からそれぞれ意見を聞くことになる。

ガンが大きくなったり広がっていたら、ジ・エンドかもしれない。ステージ4bである以上、そのリスクは常にある。

もし腫瘍が安定していたら、治療が変わるタイミングでもある。

すでに、同じ抗がん剤治療を7カ月やってきた(オプジーボは9カ月目)。抗がん剤でガン増殖を抑える「全身治療」は、今のところ、その目的をあげていると考えられる。

そうなると、手術や放射線といった「局所治療」に踏み切る可能性が出てくる。

すべてはCT検査の結果次第だ。

 

まず、いつものように主治医のK医師(内科)の診察となる。

早速、CTの結果が示される。

「特に大きな問題はなかったんですけど、良い意味で、今まで小さくならなかった所が、少し小さくなりました」

「一番大きいヤツですか?」

「そう」

「あ、そうなんですか」

その結果に、正直、驚いた。あまり予想していなかった。

2カ月前のCT検査で、全体的に薬の効果がなくなっている結果だったので、これから増大していくものだと思っていた。

「良かったということですかね?」

「そうですね」

K医師は冷静にそう答えると、CTの画像を映し出した。

「ちょっとですけどね。これが前回と比べて、少し小さく見えると思うんです」

私はじっと画面を見つめた。

確かに、粘土をぐっと握り込んだ程度に縮小しているように見える。

「これですよね」

大きな腫瘍を指さすと、K医師がうなずく。

もう一度、凝視する。確かに小さくなっている。

「先生、ほかの3つは変わらなかった?」

K医師は画面を操作しながら、他の3つの腫瘍の映像を探す。

「そうですね。小さくなったまんまです」

「なかなか不思議ですね。こっち(大きい腫瘍)が小さくなって、小さくなった3個はそのまま変わらない。ほかの3つも小さくなってくれるのかと思ったけど、なかなか、そうはいかない」

「ほかの3つは、もう十分小さくなっているのかもしれませんけどね」

「あ、ずいぶん小さくなっているから、これ以上小さく……」

そこまで言うと、K医師が続ける。

「ならないのかもしれない」

なるほど、もう小さくなり切ったということか。

「なんとも言えないです。そもそもリンパ節って、ガンがなくても(形状が)認識できるものなので」

「ということは、先生、これ、普通のリンパ節の大きさに戻ったとも言えなくもない」

「そうですね」

「じゃあ、残りの1個が普通のリンパ節ぐらいに(小さく)なってくれるといい?」

「もちろん、普通のリンパ節ぐらいになったり、あるいは見えなくなっても、ガンがあるかどうかは別の話なんですけどね」

確かに、CTへの映り方だけで、ガンが消えたかどうかは分からない。

「えーと先生、ガンが理由ではなくて、こういうふうに(リンパ節が)大きくなって、小さくなったこともある?」

「いや、小さくなったからといって、ガンがないとは言い切れない」

そういうことを聞いたわけではなかった。そもそも、ガンではないのに、リンパ節が肥大化して、また縮小するようなことがあるのかどうか、を聞いたのだ。

質問を変えて確認する。

「ちなみに、今回、腫瘍が大きくなったのは、ガンが理由で大きくなったわけですよね」

「そうですね。ガンですね」

だとすれば、万が一、腫瘍が小さくなって視認できなくなったとしても、それで終わりではない。すべてが消えたからといって、オプジーボ+ヤーボイをすぐにやめるわけにはいかない。

私の心中を読み取ったようで、K医師が続ける。

「そうですね。基本的には(オプジーボ+ヤーボイを)続けますね」

「そこは、仮にPET-CTをやって光らなくても、オプジーボ+ヤーボイをやめる判断にはつながらない?」

CTよりも詳細な検査となるPETでガンが確認できなければ、止めるという判断はできないかと思った。

「いや、難しいですね。PETで光らなかったとしても、そもそもPETは小さいもの(ガン)は苦手なので」

つまり、PETでも小さいガンは見逃すので、「ガンがなくなった」とは判断できないわけだ。

画面で、メーンのガンの直径を測ってもらった。11㍉程度。半年前に見つかった時には2㌢ぐらいと言われていたので、見た目以上に縮小しているのかもしれない。

「これ、手術で取ってしまうという話をした記憶があるのですが、今、手術で取るのがいいと思われますか?」

K医師は真剣な表情になった。

「正直なところ、わからない。そういう選択肢はあるとは思うんですけど、ただ、それがいつなのか。今なのか、3カ月後なのか、半年後なのか。これは正直、誰にも分からないです」

そうか。腫瘍は安定していても、そこですぐに切除するかどうかは考え所なのか。

「まあ、先生、これっていろんな考え方がありそうですよね。小さくなって、普通のリンパ節と同じ大きさになっても、ガンがなくなったわけではない。だから、やっぱり取っといた方がいいように思う。でも、腫瘍が小さいからといって、すぐに手術でとるという考え方はない?」

「もし、取るのが大変でなければ、どっか1カ所とりにいくなら、ほかに小さくなっているところも一緒にとってくる、という考え方はある。4つ一緒に」

「4つすべて切除するわけですね」

「あまり負担にならないならば、4つ取ってくる方が安心だと思いますね」

なるほど、手術をするなら、怪しいリンパ節はすべて切除するというわけだ。

「外科のF先生は、手術自体は簡単だとおっしゃってました。消化管にかかってないし」

「まあ、タイミングだと思います」

「今はそのタイミングではない?」

「もうちょっと待ってもいいかもしれない」

それを聞いて、がんセンターがまだ局所治療に乗り出す気がないことに気付いた。それが、良い意味か、悪い意味かは分からない。ただ、今の抗がん剤がまだ効果を発揮していることで、しばらく今の抗がん剤治療を継続しようとしているのかもしれない。

「そうですね。まだ小さくなりますもんね。ただ、手術をやらないとなると、ずっとオプジーボ+ヤーボイをやり続けることになるんですかね」

「まあ、そうですねえ」

「止めるのは危険ですよね?」

「止めるのは、かなり慎重に考えます。まずはヤーボイをやめてオプヂーボで……」

「いやいや先生、ヤーボイを足したからうまくいっている気がするので、ヤーボイだけ止めるのはちょっと怖いですね。頭の体操なんですけど、オプジーボ+ヤーボイを2週間に1回を、量を多くして、4週間に1回っていうやり方もブリストル・マイヤーズ(米医薬メーカー)の説明書に書いてありますね。体の負担は高いのかもしれないけど、薬には慣れてきたので、そうする可能性はないんでしょうか?」

「可能ですよ。ただ、量を増やしたときに、そこから副作用が出た方もいて、その話をした上でやっています」

「そうですね、そこは慎重にやった方がいいですね」

「うん」

「そこは、私も先生の意見に賛成です」

「では、まず、この後に外科と放射線科のお話を聞いてもらいます。まあ、すでにカンファレンスでも金田さんの件は話はしているんですけど、選択肢はあるとは思いますけど、タイミングは判断が難しいということでした」

「そうなんですね」

「まあ、各科のお話を聞いてから、最後にまた戻ってきてください。そこで確認して、大きな問題がなければ、今日の抗がん剤をやりましょう」

「わかりました。ありがとうございます」

 

 

食道外科

 

久々に外科のF医師の診察室に入る。

「失礼します」

「金田さん、お久しぶりです」

「はい、お陰さまで快適に過ごしてます」

F医師に昨年末、再発ガンを切除してもらっている。手術は完璧だった。

「ごはんの食べようは、いかがですか」

「はい、太りました」

「ははは。で、今はどれぐらい?」

「54㌔近いです」

「いいですね」

そう言うとF医師は画面を見つめる。

「で、今回はリンパ節の(再発ガンの)ことですね」

「はい、半年前に再発して、その時にも先生に相談させていただいて、「取ることはできるんだけど、今はタイミングではない」ということで、抗がん剤でおさえて、そういう状態で1個2個残ったときに「じゃあ、取っちゃいましょうか」ということだったんで、そろそろタイミングになったのかな、と」

「薬はどうですか。前みたいに耳鳴りがするとか」

「耳鳴りはほとんどないです。皮膚のかゆみはあったんですけど、今はほとんどなくて」

「で、画像、見られました」

「少し」

そう聞いて、F医師が画面にCT画像を映す。一番大きな腫瘍を、半年前から2カ月ごとの画像を映していく。

「前回はまだそんなに変わんなかったけど、今回撮ってみると、一段階、ちっちゃくなってる感じで」

スマホで、その画面を撮影する。

「先生、一番最初、大きいヤツが20㍉ぐらいと言われてましたが」

「うん、今は1センチくらいになってると思いますね。そのほかは、ちょっともう分かんないですね」

分からない……。

「結論的に言ったら、もうちょっと薬が続けられるんだったら、続けた方が良いかな、というところです。個人的にはそう思います」

「なるほど。先生が言うんでしたら、それが一番いいんだと思います。薬がまだ効いているから、クリスでまだやっていく、と」

「要する、これは遠隔リンパ節なので、通常、食道ガンの手術で取るところではないんです。言い換えると、全身ガンひとつの表現系なんですね」

なるほど、全身ガンということか。だから、局所治療はやっても意味がない可能性が高いわけだ。

少し、自分のガンの状況に対する認識が変わった。

「少なくとも薬で半年ないし1年、ほかに全然ガンが出て来ない、というのが一つの目安になる。金田さんはまだ半年経っていない。急いで取りに行くと、「またほかに出てきた」みたいなことがあったりする。だから、しっかり抑え込んで、他に全然ないというところで、一番小さく手術するのがいいかな、という気がしますね」

「その時は、最初に見えた4つをすべて取る?」

「そこは領域的に、ある程度ピックアップする。周囲の指摘されたところも触ることになると思うんですね」

「なるほど」

「あとひとつ。金田さんが受けている免疫療法2つ組み合わせ、免役を高める薬なので、効き出しがちょっと遅いんですよね。(殺細胞性)抗がん剤の場合、投与の初めから効いてくる。免疫チェックポイント阻害剤は投与し始めてから効き目がちょっと遅くて、4カ月ぐらいの時、制御がいいとされている。金田さんの場合、これからぐっと効果が出てくる時期になる。そう考えると、これから薬で少し様子を見られていいんじゃないかな、と。例えば外科医が10人いたとしたら、8.5人が「もうちょっとしてからやりましょう」と言うと思うんですね」

「この薬を選んだのだから、今、手術するのは早い、と」

「でもまあ、いい傾向だと思いますよ」

「そうですね、それは本当にありがたいと思ってます。ただ先生、腫瘍が縮小傾向になってきても、最後はどっかで手術はしないといけないんですよね? 小さくなって、見えなくなったからといって終わらない?」

「まあ、小さくなって、見えなくなって終わりという人も希にはいます。投与期間をどうするか、というのはありますが、どっかで(手術)というのはありますね。それが半年以上、可能なら1年ぐらいというのが望ましいと思いますね」

「じゃあ、手術ができるとしても、今からあと半年ぐらい見た方がいいということですかね」

「そうですね」

「分かりました」

「まあ、放射線の先生とか、いろいろな話を聞いてみてください。で、K先生にご希望をおっしゃっていただければ、そのようにされると思いますけど。まあ、これ、いい傾向だと思いますね」

「はい」

「じゃあ、引き続き運動とかも続けていただいて。筋力が多い方が、免疫療法の効果が高いと言われているので」

「筋トレをやりすぎて、しくじりましたけど」

「そうですか」

そう言って笑った。おそらく、血液検査で異常値が出て、治療が何度も延期されたことは、F医師もカルテ上で見えているはずだ。

「はい、やりすぎに注意します」

「でも、今の生活でコントロールできていて、いいんじゃないかと思いますので、維持して行かれたらいいと思います。じゃあ、がんばってやってきましょう」

どこまでも前向きである。F医師と話をすると、医師のコミュニケーション能力の重要性を痛感する。

 

 

放射線治療科(前編)

 

久々に放射線治療のセクションに向かった。巨大ながんセンターの建物の中でも、奥まった場所に位置している。曲がりくねった廊下を歩いて行くと、その先に受付がある。

5年前の夏、放射線治療のため、ホテルから毎日、ここに通った。治療は1カ月半に及んだ。この廊下を通ると、5年前、希望と絶望の間に揺れていた記憶が蘇る。

5年前に担当してくれた放射線医は、今はがんセンターにいない。若かったその医師はどこか自信なげな雰囲気をまとっていた。当初は不安に感じたが、当時の放射線科のトップ、秋元哲夫医師と知り合えたことで、「この治療法でいける」という確信を持つことができた。

そして、ステージ3の食道ガンが消えるまでに回復する。

それから5年、再び、放射線治療を受けるかもしれない。

待ち合いスペースのソファに座ると、5分ほどで呼出機が鳴った。

目の前の診察室のドアを開ける。

「失礼します」

そこには、女性医師が座っていた。

「K先生からご紹介いただきまして、どういったお話になっているんですか」

また一から話すのか。

そう思いながらも、5年前の食道ガン罹患から、おおざっぱに経緯を話した。

4月に4つの再発ガンが見つかり、オプジーボ+ヤーボイで治療しているが、その腫瘍を手術か放射線で、局所治療できるかが知りたい──そう手短てみじかに話した。外科医のF医師が「手術で取れるが、今はそのタイミングではない」と言ったことも話した。

「で、放射線の先生にもお話を聞こうと思って、お願いしました」

女性医師は淡々と話し始めた。

「少し検討したんですけど、これを本当に放射線治療をするとなった場合は、かなり大がかりな治療方針変更を検討していただく必要があります。5年前、化学放射線治療をされていて、その時の放射量と照射野を確認させてもらって、少し離れているので、照射自体はできると思うんですけど、方針をどうするか。今日、このあと、内科のK先生に戻りますか?」

「はい、このあと戻ります」

「あ、すぐあとですね。承知しました。で、ご希望としては、手術と放射線、どちらがご希望ですか?」

放射線にする可能性があるのか、知りたいのだろう。

「5年前、外科手術をする準備を進めている中で、最終的に放射線治療に転換したことがあります。放射線の方がいいと思えば、そっちを選択すると思います」

「できれば?」

「まあ、病状によって違うと思うんで、今の状態に合っていれば、そっちを選びます。あと、(放射線治療は)機械とかも、どういうものを使うか教えて戴いて」

「それで決めていく」

「そうですね。まあ、今、まだ私は放射線のお話をうかがってないので、私がどっちか決めるのは無理だと思います」

「そうですね。で、まず、何が聞きたい……」

「放射線ができるのかどうか。できるのであれば、どういう当て方にするのか」

「放射線、できなくはないです。ただ、今、K先生と連絡させていただこうかと思いまして。どちらかというと、放射線?」

「いや、ちょっとお話を聞かないと判断できません。例えば、抗がん剤は今、オプジーボ+ヤーボイでうまくいっているので、そこが薬が変わってしまうのかどうか。また、放射線と陽子線、どっちがいいのか、周囲の臓器への当たり方で、副作用がどう違ってくるか、あと、当然、治療の日数や金額も変わってくるでしょうし、その辺のお話を一通りうかがいたいです」

「金額的に、陽子線治療は、今の病態で基本的に適用ではないと考えています。病気が限られているところであればいいんですけど、4月の再発のところすべてとなると場所が広くなるので」

「照射野がそこまで広げられない?」

「そうですね。あと陽子線など、費用は回数によって変わってきますので……。わかりました。金田さんとお話しして状況は分かりましたんで、いったん待ち合いでお待ちいただいてよろしいですか。ちょっと整理させてもらって、またお呼びします」

一度、診察室を出て、またソファに座った。果たして、誰とどのような内容を打ち合わせているのだろうか。

 

 

放射線医(後編)

 

ソファーで待つこと10分ほど、再び呼ばれて診察室に入る。

先ほどの女性医師が、今度は少し確信を持った話しぶりで説明を始める。

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