今日の治療は、オプジーボのみの投与だ。だから、主治医のK医師の診察は短時間で終わることが多い。早朝に採血をして、その結果に大きな問題がなければ、そのまま抗がん剤を打つことになる。
もちろん、数カ月前のように、血液検査の結果が悪いこともある。その時はCK(筋肉や心臓、脳などの損傷で漏れる酵素)の数値が基準値上限(248)を大きく上回る1116になっていた。翌日には専門医の診療を受け、再検査が続き、4日間にわたって柏の葉にとどまることになった。
だが、たいていは、朝に行う血液検査をパスすると、治療センターで抗がん剤を打ち、昼頃には治療が終わってがんセンターを後にする。
今日も、無事に抗がん剤が終わることを願いながら、朝のドトールで診察を待つ。
呼出機が鳴り、K医師の診察室に入る。
「お変わりないですか?」
穏やかな呼びかけに、今日は特に問題なく進ことを感じ取った。何かあれば、最初から緊張感のある雰囲気で始まるからだ。
ガン治療を5年ほど受けていると、嫌でもこの「第一声」と診察室の雰囲気に敏感になる。
「はい。特に変わりないです」
そう答えると、K医師はすぐに続ける。
「血液検査もいい意味でお変わりないので、今日、問題ないかと思います」
「はい」
ほっとして、小さくうなずく。
「じゃあ、治療、やりましょう」
この言葉を聞くと、少し前向きな気持ちになる。よく考えれば、これから抗がん剤という厳しい治療に入るのだが、なぜだか安心感が沸いてくる。
立ち上がって、治療センターに向かおうとして、ふと一言、確かめておきたくなった。
「先生、この前にうかがった「縮小継続」というのは、縮小された状態が続いているということですよね。ガンはそのままである、と」
K医師は一瞬、考えて答える。
「そうですね」
この「縮小継続」という言葉は、微妙なニュアンスを含んでいる。
ガンが縮小していることが「継続」していると考えると、抗がん剤の効果が出ているように思える。
だが、意味していることは、そことは微妙に違う。
「縮小継続」の医療用語としての意味は、「抗がん剤で縮小した状態」が「継続」していることを意味する。
つまり、一般の言葉で言うなら「現状維持」だ。
いったん縮小した腫瘍が、縮小ペースが止まって、大きさが変わらなくなったということだ。決して、「縮小し続けている」わけではない。
この違いは大きい。
つまり、私はこう受け止めている。
オプジーボ+ヤーボイによって、いったん縮小した腫瘍が、その2カ月後の検査で縮小が止まった。
つまり、効果が減退したのではないか?
クスリが効き続けていれば、縮小し続けるからだ。
で、いったんクスリが効かなくなれば、またガンが増大してくる……。
そんな危険性を感じる。
クスリは使い続けると効果は減退してくる。それは、どんなクスリでも同じことが言える。抗がん剤や鎮痛剤はその代表的なクスリかもしれない。
このままオプジーボ+ヤーボイを続けられるのか?
次の検査が大きなターニングポイントになる。そうした思いが頭にもたげてきた。次回のCT検査で、ガンが大きくなるのか、現状維持なのか、それとも小さくなるのか──。
内科の診察室を後にして、渡り廊下を進む。
その先には、抗がん剤を打つ治療センターがある。
がんセンターの巨大な吹き抜け空間の上を横切るとき、眼下には多くのガン患者たちが見える。
この多くの患者たちは、どんな悩みを抱えながらこの場所に座り、呼出機が鳴るのを待っているのだろうか。
この後、どんな「審判」を受けるのだろうか。
そして、自身にもターニングポイントが近づいてきている。