BIGの終焉

郵政の耐えられない軽さ

  (文 金田 信一郎)

「どんな全体主義的独裁者も、その体制を運営し始めるやいなや、通常の道徳を無視するか、それとも運営に失敗するかの二者択一をせざるをえなくなる」(F・A・ハイエク『隷属への道』)

 

反道徳の経営

日本郵政が、10月末に開かれるはずの会見を見送った。

「報告することがない」

社長の長門正貢は、2016年4月の社長就任以来、ほぼ毎月、記者会見を開いてきた。ところが、かんぽ生命保険の不正販売に揺れる中で、月末の10月25日になって中止を決めた。

だが、かんぽ生命をめぐる不正販売の件数は、6月の事件発覚以降、膨らみ続けている。金融庁に届け出ていた法令違反は年約20件だった。ところが、9月末の会見で、不正の疑いがある取引が約6300件に上っていたことが明らかになった。しかも、調査は続いており、数字がさらに膨らむ可能性が高い。

その不正の手口も問題視されている。高齢者を狙い、騙しやすいと見ると「ゆるキャラ」「半ボケ」などと名付けて、カネを絞り上げていく。90代の女性に50件以上の契約を結んだケースもあった。これらの手法を局員の間に広める「やり手営業マン」が存在し、組織や上司からの評価が高かったという。

こうした詐欺的な販売は、グループ全体で展開されていた。かんぽ問題に揺れていた9月13日、今度はゆうちょ銀行と日本郵便が、70歳以上の高齢者に投資信託を販売した際、1万9591件の社内規定違反があったと発表した。関わった職員数は850人にも上った。

高齢者を狙った、組織的な不正販売——。

この問題を最初に報道したのはNHKだった。昨年4月、「クローズアップ現代+(プラス)」で不正販売を報じる。ところが、昨年7月に続編のために情報提供を募る動画を流すと、日本郵政が「偏った報道」と反撃し、動画の削除に成功する。だが、今になってみれば、NHKの報道が的を射ていたことになる。9月末の会見で、社長の長門は「再び番組を拝見して、我々は反省すべきところが多々あると感じた」と謝罪した。

ところが、その数日後、動画削除を実現させた「実行役」が本音をぶちまける。

10月3日、日本郵政副社長の鈴木康雄は、長門が謝ったことが気に食わないのか、記者に囲まれると、「(NHKから)取材を受ければ動画を消すと脅された」として、こう憤った。

「まるで暴力団と一緒でしょ、それじゃ。殴っておいて、『これ以上、殴ってほしくないなら(動画を)やめたるわ。オレの言うこと聞け』って、バカじゃねえか」

鈴木は元総務事務次官で、放送行政を取り仕切った経歴を持つ。その後、郵政のナンバー2に「天下り」をした形だ。そして、NHKに対して「内容が一方的」などと抗議する。

ところが、その後NHKは、逆に恫喝したのは郵政側だと主張している。郵政の方から、「削除しなければ、取材は受けない」と伝えてきたというのだ。これが事実ならば、郵政側が取材拒否をちらつかせて、動画削除を強要したことになる。

こうした混乱が続く中、郵政トップに真意や真相を聞かなければならない。その重要な会見を、長門率いる日本郵政は、「報告することがない」として中止してしまった。

郵政は、他にも答えるべき重大な問題を抱える。

株式市場をあざむいたのではないか、という疑念だ。

今年4月、日本郵政はかんぽ生命株を1株2375円で売却し、約4000億円もの売却額を手にしている。だが、6月に不正販売が明るみに出て、株価は8月に1400円台まで落ち込み、今も1700円程度と低迷している。

株式の売却を公表したのは4月4日。その少し前の1〜2月にかんぽ生命の社内調査で、顧客に不利益を与えた疑いがある販売が5800件にも上っていたことが判明していた。それでも、郵政トップの長門はこう強弁する。

「持ち株会社の立場で言えば、4月4日時点は全くシロ」

それでは、グループ経営は機能不全に陥っていることになる。郵政グループの収益の大部分を叩き出す金融2社(ゆうちょ銀、かんぽ生命)の屋台骨を揺るがしかねない問題を、事態を把握してから1カ月以上経ってもトップが認識していなかったことになる。

長門は日本興業銀行出身で、シティバンク銀行会長を経て、2015年にゆうちょ銀行社長に転じ、翌2016年に日本郵政社長に就任している。また、かんぽ生命社長などグループ会社トップには、大手金融機関の元役員が名を連ねる。

なぜ、金融界の経営トップ級の人材が集まって、不正販売を放置し続けたのか。そこには、総資産286兆円、グループ42万人という「超巨大企業」の制御不能な経営実態が横たわっている。

爆買い

2015年11月、巨大な「親子上場」が実現する。欧米市場では、親会社と子会社は利益相反の関係にあるため、両者が上場することは避けられてきた。ところが、郵政グループの持ち株会社である日本郵政と、その傘下にあるかんぽ生命、ゆうちょ銀行のグループ3社が同時に上場したのだ。抜群の知名度もあって、上場直後には時価総額が19兆円を超えた。

だが、ここから、株式市場に「成長」を求められ、巨体の迷走が始まっていく。

日本郵政にとって、最大の弱点は郵便事業だった。主要グループ会社で唯一、日本郵便だけが上場できなかったのは、低い収益体質にある。全国2万を超える郵便局ネットワークを有するが、ネットの時代に、はがきや切手などの郵便事業が低迷し、事業が赤字に陥ることもあった。

そこで、日本郵政は2015年5月、約6200億円を投じてオーストラリアの物流会社、トール・ホールディングスを買収する。国際的な物流ネットワークを構築するという触れ込みだった。

だが、オーストラリアの物流を傘下に収めただけでは、さしたる統合効果が見込めなかった。しかも、トール社の業績は買収後に低迷し、わずか2年後の2017年4月、4000億円超の減損処理を発表することになる。その影響で、民営化以来初の赤字決算に転落してしまう。

巨額損失の会見で、長門は当事者意識が希薄な発言を繰り返した。日本郵便とトール社とのシナジー効果は「あまりなかった」と語り、時折、笑みさえ浮かべた。

「ちょっと高いモノを買っちゃった」「時々、欲が出て『これがほしい』と目が曇ってくると、ソロバンが甘くなる」

4000億円の穴をあけた重大な事態と、経営者の言葉の軽さ——。損失額は私鉄や放送局の年商にも匹敵するほど巨額だが、長門に切迫した雰囲気はない。

その減損会見からわずか2週間後、再び、巨額の買収案件が表面化する。日本郵政が、異業種の野村不動産ホールディングスの買収に動いていると報じられた。買収額は数千億円に上るとみられていた。不動産事業に収益拡大の活路を見出す戦略だと解説されたが、社内からも異論が上がり、買収額も折り合わず、翌月に撤退することになる。

なぜ、巨大な買収劇を次々と画策するのか。そこに、上場の副作用が見て取れる。株式市場からの成長圧力に対し、既存事業では大きな成長戦略が描きにくい。金融2社で集めた巨額のマネーも、運用先に窮している。

そこで、有り余るマネーの使い道を求め、巨大な買収案件に走らざるを得ない。

10月7日、不正販売で経営が揺れている中、米保険大手アフラック・インコーポレーテッドの株式を5%超取得したことを公表した。だが、アフラックはまさに不正販売事件の渦中にある。8月、日本郵便とかんぽ生命は、アフラックから受託したがん保険の販売で、保険料の二重払いや無保険状態になる契約が、1年間で10万件以上あったことを明らかにしている。

それでも、今年度中にアフラック株を7%まで買い増す計画で、合計約2700億円が投じられることになる。アフラックの規定では、4年後に議決権が10倍になるため、持ち分法適用会社になる予定だ。

だが、郵政はアフラックの経営陣に誰1人として人材を送り込んでいない。しかも、今後、郵政グループに組み込んだ場合、日本の金融機関がアフラックの商品をこれまで通り販売するのか不透明になる。

郵政の「爆買い」を支えるのが、郵貯と簡保に流れ込む巨額のマネーだ。その拡大戦略も止まらない。

今年3月、政府は郵貯の限度額を1300万円から2600万円へと倍増させる政令を決めた。これが実現した背景には、郵政の強い政治力がある。与党自民党を動かす影の力が、「郵政ファミリー」の組織票に他ならない。今年7月の参院選では、自民党の比例候補で最多得票の60万票を集めたのは、全国郵便局長会の元会長だった。全国2万を超える郵便局は「自民党最強の支持団体」として国政に影響力を及ぼしている。

そして、郵貯の限度額を一気に引き上げ、郵貯にさらなるカネを集めようとしている。

こうして集めたマネーに後押しされて、巨額の買収を繰り返す。だが、未だ巨費に見合うような成功事例は見当たらない。なぜ、これほど緩い経営が続いてしまうのか。

机上の空論

問題の根源は、巨大かつ硬直的な組織にある。組織構造の上下左右に壁と階層が無数に積み上げられている。そこに、民間企業からヘッドハンティングした経営トップを就けても、組織階層が多すぎて、実態を把握できない。

それを象徴する事件が起きた。

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