午前7時半、がんセンターに到着する。今日はオプチーボを打つ予定だ。
廊下を歩いていると、ソファーに座っていた女性が、いきなり立ち上がった。
「金田さんですよね?」
「はい」
「あー、やっぱり。いつも読んでます。うちの主人が同じ食道ガンで、バイブルにさせてもらっていまして」
ソファーには旦那さんが座っている。そちらに視線を向けて、頭を下げて挨拶する。
「一緒に頑張りましょう」
そんな話をして、写メを撮って別れた。
病院の患者さんで読んでくれている人は意外に多い。これまでも、病院内で呼びかけられることが幾度もあった。たいていは、ドトールでコーヒーを飲んでいると呼びかけられる。喫茶スペースなのでマスクを外しているから、認識しやすいのだろう。
まあ、患者同志の仲が良いことは、医療にとってプラスだと思っている。
これまで、日本の医療界では患者が孤立していた。患者会もようやく活発な会が出てきた。だが、患者がもっと連携し、情報交換して医療問題を深く議論し、「患者目線の医療」を社会に訴えていくことが求められている。そうした患者側の活動は、米国に大きく遅れをとっている(米国の事情しか知らないが、おそらく欧州からも日本は遅れをとっているだろう)。
で、今日の診察は、思いがけない事態が起きた。
9時30分。K先生の診察室に入ると、会話が始まった。
「どうですか調子は」
「はい、特に問題なく過ごしています」
そう応えたが、K先生の表情は固い。
「ただですね、血液検査の結果、筋肉の数字がちょっと高いんですね」
「そうなんですか」
「なので、今日、ちょっとオプチーボは延期になります」
「えっ」
頭の中を衝撃が走った。先生が説明を続ける。