治療選択の日(下)

手術不能? (文:金田 信一郎)

内科のK医師からの正式な「告知」が終わり、次は外科のF医師の診察がある。

待合室の長イスで、長男と待つ。まだ、長男はF医師に会ったことがない。

簡単にF医師のことを説明しながら時間を過ごした。

 

F医師は、国立がんセンターに転院するきっかけとなった医師だ。

5年前、私は東大病院のベッドの上にいた。食道ガン・ステージ3となって抗がん剤治療を受けながら、詳しい説明がないことに不安を募らせていた。知り合いの医療ジャーナリストなどと連絡を取り合い、セカンドオピニオンをがんセンターに求めた。

その時、F医師が対応してくれた。

彼は年間100件を超える手術をこなしている。食道ガンのオペは6〜8時間かかる。3ケタの数をこなしている外科医は、私が知る限り他にいない。

セカンドオピニオンで会った時から強い印象を受けた。患者の表情の変化をみながら返答する「コミュニケーション力」に優れていた。笑顔を絶やさず、自信に満ちた言葉で相手を納得、安心させる。

この医者は普通じゃない──。

その場で転院を決めた。だが、オペの直前に放射線治療を選択したことで、F医師の手術を受けることは出来なかった。だが、病院で知り合った患者たちが、F医師のオペを受け、非常に状態がいいことを知っている。

昨年、再発ガンが見つかり、初めてF医師のオペを受けた。

結果は完璧だった。手術の技能だけでなく、術前術後の説明や処置も含め、患者に寄り添っている。平日はおろか、休日も朝夕の回診を欠かさない。こちらが悩んでいることは、手に取るように理解している。おそらく、看護師や若手医師と連携を取って、患者の情報を逐次、把握している。いったい、いつ休んでいるのだろうか?

本物だと思った。

そんな医師に、中々、出会うことはない。

 

そこから5年間、外科のF医師と、内科のK医師のコンビで、幾たびかの窮地を救われてきた。内科のK医師は冷静沈着な慎重派。彼との「問答」のようなやりとりが、私のガンの知見を研鑽してくれた。

この2人のコンビは、私にとって「最適かつ最強」の医療チームである。

 

呼出機が鳴る。長男とともに診察室に入る。

F先生がいつもの笑顔で迎える。

早速、PET-CTの画像を見ながら話が始まった。

「結構、(食道より)下の方のリンパが腫れていて、腎臓の下の方、腹部大動脈周囲リンパ節のあたりですね。いろんな理由で腫れるが、(ガン)細胞がいるという判定にはなってしまう」

「去年の再発ガンとはけっこう離れている?」

「離れていますね。10センチ以上離れて、かつ背中に近いところです。4年経ってから出てくることはちょっと珍しいことなんですけど。でも、出てきてしまったんで、ちょっと薬でやっていくかな、ということですね」

内科で聞いてきたことと同じく、抗がん剤治療で対処するという結論である。ここで、ストレートに質問する。

「先生に手術で取っていただくということはできないんですか?」

F医師は表情を変える。

「これですか?」

小さくうなずく。F医師がCTの画像を見ながら言う。

「できますよ」

「えっ。できる?」

正直、驚いた。できると断言するとは予想していなかった。

だが、F医師はこう続けた。

「できますけど、今はお奨めしないです。今はやめた方がいいと思う」

なるほど。そう来たか。

「そうですか……」

「できるのは、できるんですよ。できる時のタイミングを考えると、薬で治療して、かなりなくなって、で、1個か2個残っている。で、ずっとそのままという時です。その時にどうしましょうか、じゃあ取りましょう、という方もいらっしゃいます」

「うーん」

そう唸った。2人でCTの画面を見つめる。F医師がつぶやく。

「今はやらない方がいいと思う」

つまり、手術は可能だが、ほかに再発ガンが出てくるという意味だろう。確認のために質問する。

「今やると、意味がない?」

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