再発の行方(14)

がん研有明病院 (文:金田 信一郎)

セカンドオピニオンのために、がん研有明病院に行く。

これまで治療を受けてきた国立がん研究センターと混同する人が多い。かく言う私も、ガン治療を始めた5年前は、その違いを正確に理解していなかった。

ガン治療における日本の2大病院として知られるが、その名称から似通っている。

だが、がんセンターが国立病院であるのに対して、がん研有明病院は財団法人として運営されている。がん研の歴史は長く、創設は明治時代にさかのぼる。渋沢栄一をはじめとする政財官の重鎮が「がん撲滅」を目指して創設、皇族をトップに据えて運営してきた。

一方、国立がんセンターの創設は比較的最近のことだ。開設は戦後の1962年のこと。当初、がん研を吸収合併する計画もあった。そうした経緯もあって、この2つの病院が混同されることは仕方がないことなのかもしれない。ちなみに、私が通う千葉・柏のがんセンター東病院は1992年に開設された「平成生まれ」である。

 

がん研は自宅からのアクセスがいい。三鷹駅から中央線で新宿駅に出て、そこから埼京・りんかい線直通に乗り換えて国際展示場駅に降り立つ。50分ほどで到着する。

駅から徒歩1分ほどで、病院の建物が見える。

歩いて病院に入る人が多い。これは、がんセンター東病院ではありえない光景だ。東病院は、都心から離れた千葉・柏の学園・研究都市にある。かつては雑木林と工場が立ち並ぶ地域で、今はつくばエクスプレスが開通したことで、駅前から病院までの広大な一帯は、大規模開発が続いている。東大や千葉大の施設や高層住宅、オフィス、公園が広がっている。駅から病院まで、歩くと30分ほどかかる。したがって、クルマで通院する患者が多い。

一方、がん研有明は駅前なので、徒歩でやってくる患者が目立つ。駅からの人の流れが、列をなすように建物に吸い込まれていく。

この日、到着したのは昼過ぎだったが、病院内はかなり混雑していた。

セカンドオピニオンは午後2時に予定されている。それまでの時間で昼食をとろうと、1階にあるレストランとコーヒーショップをながめる。ランチタイムなので、どちらも長蛇の列ができている。とりあえず、レストランの順番待ちの用紙に名前を書いて待つ。

通路に並べられたイスに座って、行き交う人々を眺めた。明らかにがんセンター東病院とは雰囲気が違う。

理由の1つに、都会の病院ということがあるだろう。人々の服装がカラフルで、ショッピングセンターに近い雰囲気を醸し出している。もちろん、病院なので子ども連れはいないし、笑顔が溢れているわけでもない。だが、東大病院やがんセンター東病院とは違う、独特の雰囲気がある。

もう1つの特徴が年齢層である。

現役世代と思われる患者の割合が高い。がんセンター東病院とは一世代ぐらいの差があるように感じる。都内に勤務する現役世代が、健診や人間ドッグでガンの疑いがかかり、この病院を訪れているのではないか。同僚や知人でも、そういう流れでがん研有明に通う人が結構いた。

ここが歴史あるガン治療の日本の最高峰の一つ、がん研有明病院か──。そう感慨にふけりながら、レストランの窓際で昼食をとった。そして、1時半に会計を済ませて受付に向かった。

受付のデスクで、国立がんセンターからの紹介状とDVDを出して、ソファに座って順番を待つ。

2時ぴったりに呼出機が鳴る。指定された診察室に入る。

こぢんまりとした部屋に、いかにもエリート風の医師、O先生が座っていた。その奥には助手もいる。O先生は化学治療が専門で、マネジメント職にも就いている。抗がん剤治療のエキスパートと言っていい。セカンドオピニオンを受けるには最適な医師に当たった。

挨拶を終えると、O先生から切り出した。

「で、手術を終わって、今後どうしようか、ということですかね?」

この言葉を聞いただけで、彼がすでに医療データ情報に目を通し、想定問答を準備していることが読み取れる。

「はい。主治医の先生からは、第1選択として『(抗がん剤の)シスプラチンと5FUを2クール』と言われています。ただ、第2選択として、ニボルマブ(オプヂーボ)を1年間やる選択肢も提示されていまして、どちらかを選ぶことになっています」

「なるほど。で、ご本人的には?」

いきなり、核心の質問である。そこが決断できていない。どう答えるべきか、一瞬、判断に迷った。だが、結局、はっきりした「決断」ができないからセカンドオピニオンに来ているわけである。その「迷い」を、正直に話せばいいだけだ。そう覚悟を決めた。

「私自身、非常に揺れています。実は、昨日も主治医の先生と話をしました。私としては、『両方やってもらえないか』と。それに対して、主治医の先生は、『それはステージ4bの治療になる』と言って、難しいと言われてます」

「併用療法をやりたいんですか?」

「はい。まあ、調べるとそういう治療法もあると知ったので、素人考えで言ってみたんですが、私の状態には適用できないと。で、2つの選択肢のどっちを選ぶことになっていまして……」

そのままの本音である。

「これは考え方次第です。『これがいい』と言えるほどのデータがないので」

O先生が言うには、2つの治療法は、どちらも優劣を判断するようなデータがないという。自分と同じような治療の経緯をたどった場合、「殺細胞性抗がん剤」と「免疫チェックポイント阻害剤」で、どちらが治療成績がいいか、それを判断するデータがないのだ。

「金田さんの治療の経過は確認していまして、4年たってからリンパ節再発ということですね」

化学放射線治療でガンが消えてから、4年後に再発したということだ。

「そうです」

「で、私は、考え方は3つかなと思っています。2つは先ほど言われた通りです。で、もう1つは『経過観察』。この3択かな、と」

なるほど、経過観察も有力な選択肢だと言うわけだ。もちろん、それはがんセンターのK先生も言っていた。だが、何もやらずに放置するのは危険すぎると思っていた。これは、私の勝手な思い込みである。

「これまでの治療の経過を見させて頂きましたけど、最初(4年前)は3つの抗がん剤をやっていて、それが効いたからなのか、途中で(手術をやめて)化学放射線治療をやったということで、これは間違えではなかったと思います。それで4年間、再発しなかったが、4年目にリンパ節に再発が出た、と。『これは単発だし、手術しましょう』となった」

「はい、そうです」

「で、1つの考え方としは、『4年経って(再発ガンが)1つしか出なかったのだから、(手術で)取ったんだから、経過を見ましょう』と。これも1つの考え方です」

なるほど。要するに、今回の再発を「4年で1つしか再発していない」と評価して、「それぐらいの頻度なら、当面は様子見をしよう」という考え方があると強調しているわけだ。

考え方は理解できる。一般論としては「あり」だろう。だが、自分自身が、今の状態で何もせずにやりすごすことは「ありえない」。

そこは、O先生もおそらく分かっている。何もしないで放置できるタイプの患者が、わざわざセカンドオピニオンにやってくることは考えにくい。

「で、金田さんの今回のリンパ節再発に関しては、手術前には(化学)治療をしていない。そうすると、通常、ステージ1や2の場合、術後に補助化学療法としてシスプラチンと5FUを2クールやる。あと、オプヂーボに関しては、化学放射線治療をやって、その後に手術した場合、その後の補助療法としてオプヂーボを1年間やると再発のリスクが下がるというデータはある。だから、保険適用できる」

なるほど、それで2つの選択肢が生まれている。この辺りの理屈は、専門医でないと発想すること自体が難しい。言われてみればその通りだが、患者自身が診療ガイドラインや医療情報を読み込んで、そこから発想することは困難を極める。もし発想したとしても、現実には「できない」ということも多い。私が殺細胞性抗がん剤とオプヂーボを併用でやってほしいと言ったものも、医療界では「非現実的」な治療だったわけだ。

だが、オプヂーボについては、「追加治療」として「使ってほしい」と言い続けたことで、第2の選択肢として浮かび上がったのだとは思う。そういう意味では、手探りでもガイドラインや医療情報を読み込んだ甲斐はあったような気がする。

そもそも、私のこれまでの治療が「標準治療」の範囲には収まっていない。何らかの「類似する治療の見立て」が必要になってくる。

O先生はオプヂーボについて説明を続ける。

「ただ、オプヂーボは再発リスクは下げるけど、予後を延長できるというデータはまだ出ていない。なのでクエスチョンかな、と」

つまり、生存率が上がるというようなデータは存在しないということだ。要するに、やったところで寿命は変わらない、と。

「それはシスプラチンと5FUにも言える。予後延長について、しっかりしたデータがあるかというと、そうではない。なので、3択になるのかな、と」

要するに、殺細胞性抗がん剤をやっても、オプヂーボをやっても、寿命が延長されることは証明されていない、というわけだ。ならば、経過観察も有力な選択肢になる、と。

なかなか、説得力がある解説である。

「私の方から、これがいいですよ、と強く推奨できるものはない」

O先生が申し訳なさそうに言う。

こうなると、まさに横一線の選択肢である。どれも甲乙つけがたい。

質問の角度を変えてみた。

「ちょっと、いくつか分からないことがありまして」

「はい」

「リンパ節に再発しているので、リンパ流に乗ってガン細胞が全身に散ってしまって、それが今後の再発につながると思うので、今回、このまま経過観察をするのは危険かと思うんですけど」

「えーと、結局、強く推奨できるのは、データがあるものです。そこに該当しない場合、強くは推奨できない。通常、治療から5年経ったら『根治』ということになるんですね。金田さんも、あと1年経っていたら根治ということになっていたわけです。再発は1年目、2年目に多く出てくる。4年間で1個しか出ていないので、ガンの質としては比較的いいのかな、という印象がありますけど。手術でしっかり取ったのならば、経過観察もいいのかな、と」

「先生、でも、今回の再発は、わずか4カ月間で5㍉から25㍉まで成長したので、そのガン細胞が全身に飛び散ったとすれば、何かしらの方法で叩きに行った方がいいのかな、と」

「あ、それは可能性はあります。それで、がんセンターの主治医の先生が、『少しでも可能性があれば、やれることをしっかりやる』と、2つの補助療法を示されている。ただ、治療に消極的な方もいらっしゃるので、経過観察も1つの選択肢になります。再発した時にちゃんと見ましょう、と」

それは、頭では理解出来る。だが、どうしても危険が大きい気がしてしまう。

O先生もそこは分かっているのだろう。

「まあ、ご本人がどう考えるかです。さっきから聞いていると、どっちかというと『積極的にやりたい』ということだと思いますので。なので、K先生の提示している2つの選択になるのかな、と」

「ちなみに、3つの薬をすべてやるのは厳しい?」

「ステージ4(の治療)ですね。再発したガンが手術できなかったら、選択肢になっていたかもしれません」

状態が悪ければ、殺細胞性抗がん剤とオプヂーボを同時に打ってもらえる──。そこが自分の中ではすんなりと腹落ちしない。基本的な問題を、角度を変えて聞いてみる。

「CF(シスプラチン+5FU)とオプヂーボ、そのメリット・デメリットがどうも明確に分からないですね」

そう質問してみた。O先生はうなずく。

「どちらも再発リスクを下げる。ただ、両方ともしっかりしたデータがないんで。どちらも選択肢にはなるが、どちらかを『いい』とは言えない」

その通りなのだろう。だが、医師がそう言う2択を、患者が優劣をつけることはさらに難しい。

K先生が聞いてきた。

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