セカンドオピニオンを数日後に控え、ある疑問が頭の中で大きくなっていった。
抗がん剤に何をやるか──。
担当医である国立がんセンターのK先生からは、抗がん剤(シスプラチン+5FU)を第1選択肢として提示されている。
だが、手術前の診察時、そこに免疫チェックポイント阻害剤のオプヂーボを追加で行ってもらえないか聞いた。
その時、答えは「NO」だった。
確かに、抗がん剤の「シスプラチン+5FU」という組み合わせは、5年前に5クール受けて(そのうち3回はドセタキセルも含めた3剤のDCF療法)、ガンの腫瘍が縮小し、3つあった腫瘍のうち2つは内視鏡やCTから消えるほどの効果があった。そして、放射線治療も28日間当てて、残りの1つも消えた。
だが、今回、再発ガンが出てきたということは、5年前の治療で、ガン細胞を完全に消滅させることはできなかったことになる。
ならば、まったく違う薬、「免疫チェックポイント阻害剤」を加えた方がいいのではないか。
この薬は、単純に言えば、自分の体の中にある免疫細胞を活性化させて、ガン細胞の攻撃力を高めるものだ。そのため、抗がん剤よりも副作用は少ないとされる。
そもそも、古くから使われているシスプラチンや5FUといった抗がん剤は「殺細胞性抗がん剤」と言われ、ガン細胞を直接攻撃するが、成長細胞も殺してしまう。これらの抗がん剤は半世紀以上前に開発されたものだ。
一方、免疫チェックポイント阻害剤は21世紀の新しい抗がん剤として、近年、使用が広まっている。
この2つの組み合わせが、治療効果を高めるはずだ。そう考えていた。
今回、がん研有明病院にセカンドオピニオンを聞きに行く以上、ファーストオピニオンをもらった担当医のK先生の「両方はできない」という考え方を、深く理解しておく必要がある。
なぜ、両方を使うことはできないのか——。
私はK先生に電話を掛けることにした。
だが、電話口に出てきたK先生は、その質問をすると、即座にこう言った。
「それは電話で答えるのは難しいので、病院に来てもらえませんか」
それは、こちらにとってもありがたい。数日後のアポをもらって、電話を切った。
それから数日たって、K先生の診察室を訪れた。ちなみに、明日はがん研有明病院のセカンドオピニオンである。つまり、セカンドオピニオンの直前に、ファーストオピニオンの内容を確認するため国立がん研究センターに来ている。
ギリギリのタイミングである。
診察室に入るとK医師はすぐに本題を切り出した。
「ニボルマブ(オプヂーボ)のことですよね」
「はい。抗がん剤(シスプラチン+5FU)だけでなく、オプヂーボもやってもらった方が効果があるように思えてなりません」
「まあ、再発してないので、基本的には使うのは難しいですね」
「えっ。今回、再発したわけですよね。だから手術したのでは……」
「いや、それで(再発ガンが)取り切れている。だから、来週のCTで新たな再発が見つかれば、オプヂーボも使えます」
あ、これから再発したら、オプヂーボを追加できるということか。
「再発してないと、なぜ、使ってもらえないのでしょうか?」
「それをやったデータがないので」
データがない……。
「一番、近いところ(状況)のデータを参考にするんですね」
つまり、私の今の状況に、もっとも近い過去の治療データを参考にして、治療を決定するということだ。
「で、抗がん剤をやってない状態で手術をやって、ガンを取り切った。そして、ガンが体に(残って)ないという状態だと、抗がん剤をやるデータはある」
なるほど、それが、今の私の状況だというわけだ。
再発手術前に抗がん剤を打ってないからだ。そして手術で切除した。そして、今の私の体には、検査上、ガンがなくなっている。
「先生、その抗がん剤にオプヂーボを追加してみたデータはないんですか?」
「ないですね。手術した後に再発していれば、オプヂーボはありますが」
なるほど。だから、今後の検査で、さらに再発ガンが見つかれば、抗がん剤にプラスしてオプヂーボが使えるというわけだ。
「オプヂーボの効果はあるわけですよね」
「うん」
そう言うと、K先生は席を立って、何かを探しに部屋の奥に消えていった。戻ってきて、オプヂーボの説明資料ファイルを渡してくれた。
薬品メーカーが制作した患者向けのオプヂーボの説明書が数冊、ファイルの中に入っている。それを取り出して、パラパラとめくってみる。患者向けの簡易なもので、図解付きで仕組みや副作用、注意事項などが書かれている。さすがに、この内容はすでに頭に入っていることばかりだ。
質問に戻る。
「先生、そもそも、今の状態にぴったり合う臨床データがないケースって多いような気がするんですけど。オプヂーボにガンを抑える効果があるんだったら、全身メンテナンスのためにオプヂーボもやった方がいいかと思うんです」
「ガンがある人に関してはやっています」
あくまでも、ガンがある状態の患者にしか投与しないということなのか。しかし、今回は抗がん剤は実施できるわけだ。抗がん剤(シスプラチン+5FU)治療も、ガンがない状態(検査で見つからない状態)でも、念のために体に残っているかもしれない微少ガンを叩きにいくわけだ。同じ理屈で、オプヂーボができない理由が理解出来ない。
そもそも、今の私の状態は「ガンがない」ということになる。だが、もしもガン細胞が体のどこかに少しでも残っていれば、将来、ガンに成長する可能性がある。しかも、今回の私のガン細胞の増殖スピードは速い。そこを聞いてみる。
「今回、4カ月でガンが5㍉から25㍉になったわけですよね。だから、今もガン細胞が喉とか食道に小さくある可能性があって、数カ月で一気に大きくなってガンと診断される可能性があるんじゃないでしょうか。だから、『金田の場合はガン再発の可能性が高い』と言えるのでは?」
そう主張する。つまり、私のガン細胞は、今現在は検査で発見されていないとしても、いつ増大するか分からないと見るべきなのではないか。
K先生は、そのことは否定しなかった。
「まあ、がん研さんの意見も聞いてみてはいかがでしょうか」
もちろん、がん研有明のセカンドオピニオンでも聞いてみる。しかし、そこでオプヂーボの使用が認められたら、転院することになるのだろうか?
「うーん、でも、私としてはここ(国立がんセンター)で治療をやりたいんで。この病院を非常に信頼しているので、できれば他の病院に移りたくないですね」
「金田さん、お住まいは東京ですよね」
「そうですけど、有明も決して近くないので」
実際にがん研に行ったことはないが、私が住んでいる三鷹からは、ベイエリアは行きやすい場所ではない。
しばらく沈黙が続いた。K先生がこう呟く。
「まあ、金田さんが言っているのは、ステージ4bの人にやる治療なので」
ステージ4bになると、根治を目指した治療が難しいとされる。そうした患者には投与するのに、なぜ、私はダメなのだろうか。体力だけ考えれば、今の私の方が副作用に耐える体力はあるような気がする。
「それはガンセンター東病院のやり方なんでしょうか?」
「いや、ガイドラインですね」
ガイドラインとは、今の医療界の調査研究データを基にして、「最も良い」と思われる治療・検査を、医療者が共同で分析・判断して「標準治療」を示した文書である。それぞれのガンに対して、学会がガイドラインを作成し、数年に1度、最新情報を元に改訂している。そのガイドラインで、オプヂーボの使用も規定されている。