再発の行方(12)

セカンドオピニオン (文:金田 信一郎)

久しぶりにガンセンターにやって来た。外科のF先生、そして内科のK先生の診察を受ける。

そして、今後の治療方針が決まる。おそらく抗がん剤治療を始めることになる。

ただ、手術前から「薬剤をどうするか」についてはK先生と議論があった。

私としては、効果が高い薬物治療を求めたい。そうした思いから、従来の抗がん剤に加えて、オプヂーボ(免疫チェックポイント阻害剤)を投与してもらいたいと打診していた。

その時には、K先生から「両方をやるのは難しい」とは聞いていた。だが、結論までは出さなかった。

「手術が終わってから、改めて(抗がん剤の治療を)考えましょう」

そう言われて議論は終わっていた。

その後、手術は乗り切った。そこから私は、抗がん剤と免疫チェックポイント阻害剤について調べていた。

だが、自分の中で、確たる答えを出すに至っていない。

繰り返すが、患者としては両方をやってほしい。だが、両方やった場合の「効果」と「副作用」の出方が見えてこない。

免疫チェックポイント阻害剤は新しい治療薬なので、まだ効果を見極めるほどの臨床データが出ていない。

そして、当然のことだが、複数の薬を使えば、それだけ副作用は増えていく。

また、薬を併用すること自体のリスクもあるかもしれない。「組み合わせの悪さ」みたいなものだ。

そうした副作用に耐えられるのかどうか。いや、たとえ耐えられたとしても、副作用で生活の質を大きく落とすようでは、「やらなければよかった」ということになりかねない。

 

午後1時すぎ、まず外科の診察が始まった。診察前に撮影したレントゲンの画像を見ながらF先生が話す。

「傷口も順調にくっついてきてますね」

私はほっと一息ついた。

F先生は本題に入る。

「病理の結果が出てきまして」

そう言ってパソコンに「所見」という画面を映し出す。

「手術で取ってきた組織には、やはり食道ガンがありました」

それはそうだろう。切った所にガンがなかったら、「何のために手術したのか」となってしまう。

パソコンに映された「所見」には、以下のようなことが記されていた。

 

組織学的には扁平上皮癌が増生しており、(5年前の食道ガンの)転移と考える。観察可能な範囲では、腫瘍の剥離面への露出は認められない。別途提出されたリンパ節に転移を認めない。

 

なるほど、これまでの説明通り、25㍉程度の再発ガンがあり、その周辺のリンパ節や胃の一部も切除したが、ガンは腫瘍の外には広がっていなかったわけだ。

これで、とりあえず手術は成功したということになる。

「では、このあと内科の先生の話を聞いてください」

そうだ。あとは抗がん剤によって、全身に散った可能性があるガン細胞を叩きにいく。

 

診察室を出て、内科の診療を待つ。

ほどなく呼出機が鳴る。立ち上がって、内科の診察室に入る。K先生はこちらの方を振り向く。

「で、今は食事はどうですか?」

「はい、普通にとれてます」

「なるほど」

どの医師も一番気になるのが、患者の体調である。特に、睡眠と食事は免疫力に大きく影響する。

「体重も変わらず、ですかね?」

「ほぼ変わりません」

K先生が本題に入る。

「体力的には、もうできそうな感じですか?」

抗がん剤の治療に耐えられるか、という意味だ。

「体力的には、できそうな感じがしています」

K先生が頷く。

「それでは、予定なんですけど、ざっくり治療に2カ月かかります。で、まず血液検査をして、CTを撮って現状を把握をします。その後に入院して(抗がん剤治療をする)、というイメージなんですけど」

「はい」

「入院は、3週間後でいいですかね」

「大丈夫です」

K先生がパソコンに予定を入力していく。これで、3週間後から抗がん剤が始まる──。

2週間後にはCT検査が予定された。入院の直前に、CT画像で全身の状況を確認するわけだ。つまり、こうしている間にも、次のガンがすでに再発していないか、そこを確認しなければならない。もしもガンが再発していれば、治療方法は大きく変わってくる。

K先生が質問してくる。

「抗がん剤の副作用って何かありますか?」

これまで5クールほど抗がん剤治療を受けてきた。医師としては、すでに副作用が出ていないか気になるのだろう。

「唯一の副作用は、耳鳴りですね。左耳なんですが、東大病院で1回目の抗がん剤をやった時から続いています」

入力しながらK先生が聞いてくる。

「耳鳴りはどんどん悪くなっています?」

「いや、その後は変わらないです」

「であれば、今回も同じ抗がん剤(シスプラチン+5FU)でやろうと思うんですけど、難聴やしびれ、腎臓への負担が出てくるのが特徴です。これが、金田さんの場合、回数が6クール目、7クール目になるので……」

そこまで聞いて、重い副作用が出る可能性もあるのか気になった。

「先生、ちなみに、これを7クールもやった人って、いらっしゃるんでしょうか?」

「いらっしゃいます」

「大丈夫そうですか?」

「まあ、ですから、難聴が悪くなったり、腎臓が悪くなったら、7クール目はちょっと控えるかもしれません」

確かに、副作用がどのぐらい出てくるのか、やってみなければ分からない。

「そこ(副作用)は個人差があるので。再発リスクを抑える可能性を期待して(抗がん剤を)やります」

そうK先生は言う。私の頭には疑問が浮かぶ。

「先生、そこで言う再発って、5年前の食道ガンの再発ですか? それとも今回のリンパ節再発の再発なんですか?」

「両方ですが、例えばこれから3カ月後に(再発が)出たとしても、5年前のガンが出てきたというイメージです。そのリスクを下げるということですね」

「5年前のガンが出てくるということは、もうすでに、どこかに再発の芽があるということですね」

「その可能性はありますね」

「それを(抗がん剤で)抑えても、最終的には出てくるんじゃないかという気がするんですが」

「その可能性も否定は出来ない。ただ、微少であれば、今回の抗がん剤がやっつけてくれるかもしれない」

「やっつけるというのは、消滅に近いイメージですか」

「そうですね。ただ、分からないことですけど」

それはおっしゃる通りだ。一息入れて考えた。

「固形ガンって、抗がん剤では消えないと言われるじゃないですか。消えることってあるのかなあ、と」

まあ、この私の質問に、答えがないことは分かっている。

抗がん剤でガンを抑えているうちに寿命が尽きれば、それはガン以外の原因で死亡したことになる。その場合、ガン細胞が消滅したかどうかは、問題にならない。

要するに、この質問に答えられる「確たるデータ」などは存在しないということだ。

短い沈黙の後、K先生は抗がん剤をやる「意味」を解説してくれた。

「食道ガンでステージ2〜3の方を手術して、リンパ節転移があった場合、抗がん剤(を投与すること)で再発リスクが下がっている」

なるほど、そういうデータは存在するわけだ。

「ただ、見えないモノ(ガン細胞)をやっつけたのか、分からないですけどね。だから、再発リスクはゼロにはならないので、『抗がん剤をやらない』という選択肢もある。やらずに様子を見る、と」

「それって経過観察ということですよね」

「再発後の手術においても臨床試験が行われていて、『抗がん剤をやった方が良い』ということであれば、強くお奨めするんですけど、そういう(データの)結果はないので」

「……難しいですね」

「まあ、こういう話ができるのも、無事に手術が終わって回復しているからなんですけど。でも、次の診察の時に、『やっぱり、やめときます』という選択肢もありです」

そうか。再来週に予定されている診察で、抗がん剤をやらないということも出来るのか。

私の頭に、過去の抗がん剤治療の記憶が蘇ってきた。

「5年前の抗がん剤5クール目は、相当きつかったですね。体感としては悪くはなかったけど、(血液検査の)数値的にはかなりきつかった記憶があります。それを6クール、7クールとやっていって体が大丈夫なのか。再発の抑制効果と副作用を天秤にかけた時、どっちがいいのか判断が難しいですね。今、すごい悩んでます」

「そうですね」

「私は、抗がん剤をやらなきゃいけないと思っていたんですけど、次の診察までに選んでいいと言われると、すごく悩むんですけど」

私の心の中は揺れていた。副作用が強く出るリスクを取っても、再発の抑制効果を狙って6クール目、7クール目に突き進むのか……。

その心中を察したのか、K先生がこう話し始めた。

「ここは、医療相談も『あり』ですよ。たとえば、どこかの病院に一回、『今の状態で抗がん剤をやった方がいいのかどうか』を、セカンドオピニオンをとりに行ってもいい。抗がん剤をやった方がいいのかどうか、やるとしたらどの薬がいいのか、一回、築地のがんセンター(中央病院)とか(がん研)有明とか、東大(病院)とかに行ってみるのも……」

「いやいや、東大病院はちょっと、ありえませんよ」

そう言って笑った。

東大病院は5年前、抗がん剤を1クール終えたところで逃げ出した病院だ。私の主治医は、当時の東大病院の院長だった。

それにしても、セカンドオピニオンをK先生の方から提案してもらって、心が楽になった。その手があったか、と。ただ、東大病院はあり得ない。

「そう言えば、あの先生(元東大病院院長)は、今、がんセンター中央病院にいらっしゃるんですよね」

「そうですね。でも、外科なので」

言外に、外科医だからセカンドオピニオンには関係ないと指摘している。そうだ。今回のセカンドオピニオンは内科医の意見を聞きに行くことになるから、元東大病院院長の外科医に築地で会うことはないだろう。だが、それにしても、やはり築地に行くのは気が引ける。そもそも、自分がいる東病院と同じ「国立がん研究センター」なのだから、違う意見を聞きに行く先としては適当とは思えない。

「それにしても、あと2週間ですね。あまり時間がないですし、どうしたらいいですか?」

「言って頂ければ、すぐに手紙を準備します」

「相談する病院を確定しないといけませんよね」

「そうですね」

セカンドオピニオン先の候補は絞られている。そもそも、がんセンターにいるのだから、同じがんセンター中央病院はありえない。とすると、この病院に匹敵するのは、がん研有明病院しかないだろう。

「がん研ですかね。まあ、セカンドオピニオンの枠が空いているのかどうか、分かりませんけど。でも、1つぐらい行った方がいいのかもしれませんね」

「そうですよ」

「自分でもいろいろと調べましたが、素人には判断が難しいです」

「まあ、そもそも金田さんのケースには標準治療がないので。比べた臨床試験のデータがない」

「で、再発を手術した経験が多いのは、がん研か国立がんセンターなんでしょうね」

「多いところで言うと、そうですね」

うむ。これはがん研有明しかない。

「もし予約が取れれば、がん研有明に行ってみます。向こうも、答えるのが難しいでしょうけど」

「難しいと思います。いろんな考え方があると思うので」

「勉強にはなりそうですね」

「うん。まだ時間があるし、お仕事がら、いいんじゃないですかね」

「自分の中で納得感も高まると思うんで、ちょっと予約が取れたら行ってきます」

そう言って、礼をして診察室を出た。

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